会員・部会の研究報告

部会の研究報告

食品の安全とGAPへの取組み
GAP専門部会リーダー  吉岡正明 (東海第3ブロック)

食品業界での不祥事多発や輸入食品からの有害物質検出等により、「食の安全」が社会問題となっている。食品の安全確保のためには生産から消費に至る全体を通したリスク管理が必要であり、わが国でも食品の生産、加工、流通、消費といったフードチェーンの各段階において各種の取組が行なわれているが、その中で近年農産物の生産段階における総合的なリスク管理手法としての食品安全GAPが注目されつつある。

1. 行政主導の食品安全GAP

食品安全GAPとは、行政及び民間で導入されつつある各種のGAP手法を総称するものであるが、先ずは行政主導のGAP手法から整理してみる。
  政府は、平成15年に制定された「食品安全基本法」、および平成17年3月に閣議決定した「食料・農業・農村基本計画」に基づき、各地域や作物の特性等に応じた食品安全GAPの導入を進めることになった。さらに食と農に関する新たな国家戦略「21世紀新農政2007」の中で、食品の安全と消費者の信頼確保に向けた取組として、GAP(農業生産工程管理手法、注1)やGMP(適正製造規範、注2)等の工程管理手法を導入し、食品産業全体でのコンプライアンスを徹底することを決めている。
  ここでGAPを農業生産工程管理手法と訳しているのは、農産物の安全性確保を最終産物の抜取り検査方式によるではなく、わが国工業製品の「品質を工程で作り込む」ものづくり手法と同じく、生産工程を管理することで安全性を確保しようという考え方に基くと思われる。
  食品安全GAPは、食品衛生管理のためのHACCP(危害分析・重要管理点、注3)手法を取り入れ、人の健康を害する恐れのある食品危害要因(病原微生物、自然毒等の生物的要因、残留農薬・重金属等の化学的要因、異物混入等の物理的要因)を、農業生産の各工程で分析して管理する仕組みを導入した総合的なリスク管理手法である。
  行政としては、高水準の国際的ユーレップGAPの必要性は認識しているものの、日本においてGAPは新しい考え方であり、できるだけ多くの生産者、産地での導入を進めたいとの考えから、より取り組みやすい「入門GAP」や「基礎GAP」を作成している。地方自治体においても独自のGAP手法や農水産物認証制度を設けているところがあり、これらを都道府県GAPと称している。農水省としては、更に民間のGAPを含めた全てをGAP手法と称し、個々の種類を問わず普及を図っていく方針のようである。
  わが国では、環境と食の安全を守るための農業政策として、環境保全型農業のための「農業環境規範」、「農薬登録制度」、「防除基準・施肥基準」、食品安全のための「残留農薬のポジティブリスト制度」、「食品トレーサビリティシステム」、JAによる「生産履歴記帳運動」、水耕栽培や葉菜類を対象とした「衛生管理ガイド」等々、個々の課題については多くの施策が実施されている。欧米においてリスク・マネジメント概念に基づき導入されているGAP,GMP,HACCP,ISO22000(注4)のように、環境も人の健康も共通点の多い課題であるから、わが国もこれらの施策を整理統合し、総合的に取組む努力が必要ではないだろうか。

2. 民間レベルでの食品安全GAP

欧州では栽培者、栽培者の協同組合、食品製造業者及び小売業者から構成される欧州小売業組合(EUREP)が中心となり、1997年に「ユーレップGAP」を認証制度として作成した。「ユーレップGAP」には、危害分析・重要管理点(HACCP)、コーデックス(注5)の「食品衛生の一般原則」、総合的穀物管理(ICM、注6),総合的病害虫管理(IPM、注7),品質マネジメントシステム(QMS、注8),労働者の衛生・安全・福祉、並びに環境汚染および保全管理などが盛り込まれており、各種法令(食品安全・環境・作業の安全)の遵守や農作業における留意点と重要管理点の基準を設けている。
これを小売業者が取引基準として採用したことから、現在世界70カ国で約6万の農業者が認証取得し、イギリスやオランダでは生鮮農産物の8割以上が認証農場で生産されているといわれる。欧州では、小売業組合の農産物取引における影響力が非常に大きいため、欧州に農産物を輸出するためには「ユーレップGAP」の認証取得が必須条件であるといわれる。
わが国の民間でのGAPへの取組は、欧州に農産物を輸出するリンゴ農家等による「ユーレップGAP」の認証取得から始まったとされる。彼らを中心にNPO法人日本GAP協会が設立され、日本版基準であるJGAPを定め、平成18年に認証制度をスタートした。現在130農場が認証取得している。今回JGAP基準が世界標準のユーレップGAPと同等であることが認証され、世界で通用するJGAP「国際版」での認証審査が9月から開始される予定である。
  日本の民間GAPには、JGAP以外に例えばイオンGAP(イオン農産物取引先様品質管理基準)などがある。

3. JGAP認証取得の状況

JGAPは、「ユーレップGAP」と提携し農産物の生産段階における総合的なリスク管理を通して、農産物の安全を確保し消費者を守り、地球環境を保全し、同時に持続的な農業経営を確立することを最終的な目標としている。
  JGAP認証の範囲は農場における農産物生産工程の全てとし、土壌・水の管理や種苗の管理に始まり、農業生産及び農産物の出荷に至る農作業の全工程を含む。その他に、環境への配慮、生産者の安全と福祉、農場と販売管理を管理対象に含めている。JGAPには、農場ごとに審査を行う個別審査と複数の農場が団体となり団体全体で審査を受ける団体審査の2種類がある。団体審査の場合、生産者当りの審査費用の節減等のメリットがある。
  農場にJGAPを導入するためには、作物別の「管理点と適合基準」(穀物、青果物等)を入手し、JGAPが求める適合基準を実現するための「農場管理マニュアル(GAP実施マニュアル)」を農場ごとに作成する必要がある。(JGAPは農場管理状態を判断するためのチェックシートであり、実施するためのマニュアルではない。)
  JGAPの管理点と適合基準項目が行政主導のGAPより多いために、その分取組が難しいことが予想されるが、JGAPの認証取得により、農産物生産者及び農産物バーヤーにとって下記のメッリトが考えられる。

農産物生産者にとってのメリット:
①科学的な手法に基づく生産管理を行い、生産記録の情報開示も可能であることから、消費者、食品販売企業、外食企業等の信頼確保に寄与する。
②自らが生産する農産物の安全のリスクを軽減することができると同時に、トレーサビリティが確保されるため、万一の危害発生時に迅速な対応が可能になる。
③全ての生産工程にわたって管理基準を定めて、その実践と検証を行うため、農業技術の改善や効率的な作業の工夫につながる。
④農業経営の組織化・近代化のために必要となる統一され管理された農場経営を可能にする。
⑤今後、輸出による攻めの農業を展開するためにはJGAP「国際版」の認証取得は不可欠。

農産物バイヤーにとってのメリット:
①一定の安全性が確保された農産物の仕入が可能。
②農産物の安全等に関する確認を独自に行う必要がなくなり、効率的な取引が可能。
③消費者に対し自信を持って農産物を提供することが可能。
④トレーサビリティ、生産履歴などバイヤー側で個別に取り組む必要がない。
⑤HACCPを導入している食品工場の場合、原材料受入における化学的リスクの管理点として、JGAP導入の有無が有利になる。
 農産物生産者にとって上記メッリトを追求することが、顧客からの信頼に基づく安定的な取引の確保や持続的な農業経営の実現に寄与するのであり、今後ますます重要性が高まることを十分理解し、前向きに取り組むことを期待したい。
  一方、農産物バイヤーは消費者の購買代理人としての立場を認識し、食の安全確保に十分留意するとともに、そのために農産物の生産段階での適切な工程管理がいかに重要であるかを、消費者および生産者の両方に理解してもらう努力が必要であろう。欧州のユーレップGAPの例に見られるように販売業者の生産者及び供給者の事業活動に与える影響の大きいことを自覚し、販売業者が自らの適正な行動規範を確立し、フードチェーン全体を適正な方向にリードする役割を果たしてもらいたいものである。
  ちなみに食品安全ISO22000では、食品安全管理システムを構築する際の必要な基本条件及び活動として、前提条件プログラム(PRP)を確立することを要求しており、このPRPの同義語の例として適正農業規範(GAP),適正製造規範(GMP),適正衛生規範(GHP),適正流通規範(GDP),適正取引規範(GTP)をあげている。食の安全はフードチェーン全体で確保すべきものであり、それぞれの段階で適正規範を制定し守らせるのが欧米の基本的姿勢である。
 わが国でも農水省の農産規範基準研究会で、農場から食卓にいたる各段階での適正規範として、適正農業規範(GAP)以外にも適正流通規範、適正小売規範、適正消費規範、適正資材供給規範等の開発を進めているようであり、今後の研究課題として注目する必要があろう。
以上

(注1)Good Agricultural Practice(適正農業規範):衛生的な農産物を生産するために、衛生的な農業環境の確保や農作業の実施全般にわたる必要な条件を示したもの。

(注2)Good Manufacturing Practice(適正製造規範):衛生的で安全な食品を製造加工するために必要な製造設備や製造方法(作業手順)などの条件を示したもので、米国では法的強制力を持つ連邦規制である。食品GMPの内容はコーデックスの「食品衛生の一般原則」に該当。

(注3)Hazard Analysis Critical Control Point(危害分析・重要管理点):人の身体、生命に害を及ぼす危害を分析し、その危害を消滅または安全なレベルに低減させる方法と工程を特定し、重点的に管理する食品の衛生管理手法。日本では「総合衛生管理製造過程」の承認制度に組み込まれている。

(注4)ISO22000:国際標準化機構ISOによる国際規格の食品安全マネジメントシステムで、「農場から食卓まで」全ての食品サプライチェーン、農家、加工業者、卸売業者、小売業者、輸送・保管業者等を管理の対象に含む。品質ISO9001にHACCP組み込んだものに近い。

(注5)CODEX:消費者の健康の保護を目的として、1962年にFAO(国連食糧農業機関)およびWHO(世界保健機構)の合同により設立された国際的な政府間機関で、日本は1966年に加盟している。1993年に「食品衛生の一般原則の規範」を作成。

(注6)Integrated Crop Management(総合的穀物管理):環境との調和・自然界との共生を図りながら、人類生存の食料確保のため、IPM技術等を栽培現場に実践し、高品質で安全な農産物の増収を可能にするような総合的な作物管理をいう。

(注7)Integrated Pest Management(総合的病害虫管理):農薬散布だけに頼らず、天敵の利用など病害虫の増加を抑えるための様々な工夫をいう。

(注8)Quality Management System:国際標準化機構ISOによる国際規格ISO9001